ロボット支援手術(前立腺癌、腎癌、膀胱癌)
ロボット支援前立腺全摘除術について
局所前立腺癌に対する標準治療の一つとして手術による前立腺全摘除術があります。従来は下腹部を大きく切って行っていましたが、低侵襲な手術として腹腔鏡による前立腺全摘術が開発されました。下腹部を大きく切開せずに1cm前後の穴を数箇所あけて、そこからカメラや鉗子(先端に電気メスやハサミなどがついた特殊な手術器具)を挿入して手術を行うため、術後の回復が良好であるという利点があります。しかし、手術自体の手技が難しく、前立腺に対する腹腔鏡手術を行っている施設は限られています。腹腔鏡手術の難易度が高い理由としては、モニター(平面画像)を見ながら手術を行うため、遠近感が分かりにくいこと、鉗子による操作に制限があることがあげられます。 従来の腹腔鏡手術の弱点を補うために開発されたのがロボット支援手術です。ロボット支援手術では、①3Dモニター(立体視が可能)による視認性の向上、②鉗子の多関節化による操作性の向上により 従来の腹腔鏡手術に比べてより安全かつ確実に手術を行うことが可能になりました。欧米では2000年頃より導入され、特にロボット手術が盛んなアメリカでは、その成績の良さから、開始より10年たたずに、手術可能で治療希望の前立腺癌症例のほとんどがロボット手術を受けるようになっています。 日本では、2012年よりロボット支援前立腺全摘術が保険適応となったことで急速に広まっており、2018年4月時点で、全国250施設以上で施行されています。当施設では、厚労省から認可を受けた高度医療により、他施設に先駆けて2009年3月より本手術を開始、2018年4月現在で350例以上に施行しており、全国的にも有数の施行症例数となっています。
治療成績
ロボット導入当初より、摘除標本の顕微鏡検査で摘除の状態が適切であることは分かっていましたが、この手術が行われるようなってから20年以上が経過し、比較的長期での癌に対する治療効果も、従来の手術法と比較し遜色のないものになっていることが分かっています。ロボット手術では、出血の少ない拡大視野での手術が可能となっており、従来の開腹手術でも癌のコントロールは良好でしたが、ロボットを使用することで、癌のコントロールを良好に保ったまま、より低侵襲(小さい傷)で、術後合併症(後遺症)を軽減した手術が可能となっています。
術中合併症
これまでの当科の経験では、術中の直腸損傷が0.5%、その他の腸管損傷が0.2%、深部静脈血栓症が0%と諸家の報告と同等です。術中に輸血を要した症例はなく、開腹手術に比較して出血量は圧倒的に少ないと言えます。また、術中の特殊な体位により通常の手術より心臓や肺にやや負担がかかるため、手術を安全に受けていただけるか、術前に十分な検査をさせていただきます。
術後合併症(後遺症)
術後に主に問題となるのは、尿失禁と勃起障害です。勃起を司る神経は、前立腺周囲に近接してネットワークを作っていると言われています。前立腺周囲の組織を多く残すとこれらに含まれる神経の損傷を避けることができるため、前立腺周囲組織をできるだけ多く残す術式を神経温存術式と呼んでおり、術後の勃起能の回復に有利と考えられています。ただし癌が前立腺周囲近くに存在すると考えられる場合は、癌を取り残す危険性が高く、神経温存術式は適応になりません。当科でのロボット手術の経験では、術後の尿禁制率は従来の手術より良好で、特に神経温存を行った症例はさらに良好な結果であり、癌の状態にもよりますが、極力神経温存術式を採用する方針としています。以前の開腹手術では、出血などにより技術的に難しかった神経温存術式ですが、ロボットを使うことにより良好な拡大視野での繊細な操作が可能となり、前立腺癌の状態に応じ、症例毎の適切な手術がほぼ予定通りに行えるようになっています。
当院の経験では、術中出血量や術後の経過、術後の尿失禁の程度や改善までの期間も従来の開腹手術より良好であり、満足できる術式と考えています。 |
ロボット支援腎部分切除術について
検診や他疾患の精査中に発見される小径腎癌は、近年増加傾向にあり、注目を集めている疾患です。限局性腎癌は腫瘍の摘除により根治が期待できることから、片側の腎摘除が主に行われてきましたが、腎が片側になることによる腎機能低下が生命予後に影響するとの報告が多くなされ、最近では、部分切除が可能な小径腎癌には腎部分切除が標準的に行われています。これまで本邦での腎部分切除手術は、開腹手術、小切開手術、腹腔鏡手術が保険で認められていました。開腹手術に比べ、腹腔鏡手術は傷も小さく術後の回復も優れているとされています。しかし、その技術の習得は容易とは言えず、施行施設は限られていました。特に、腎部分切除では、癌を取り残さない正確な切除とその後の止血コントロールを腎血流の遮断下で行う必要があります。ただ、腎臓は血液の流れない虚血時間が長くなると腎機能へのダメージが大きくなるため、腎機能を損なわないためには、短時間で摘除及び縫合を行わなければなりません。腹腔鏡手術を施行するにあたっての問題点として、皮膚に固定されたポートから道具を入れて手術を行うという操作性の制限があり、短時間での正確な腫瘍の摘除と縫合技術が求められる腎部分切除では、特にその欠点が問題でした。そのため、腹腔鏡手術を行う施設においても、腫瘍の位置や大きさにより、摘除困難が予想される場合に開腹手術を考慮するなど、その適応は限られたものになっていました。腹腔鏡手術の弱点をカバーする多関節鉗子を持つ手術支援ロボットは、その手術手技の容易さと視認性のよさのため、腎部分切除術においても、ロボットの有用性は評価されており、すでに我が国を含め世界中で標準的に行われています。ロボットでは、良好な操作性のおかげで、腫瘍の部位にかかわらず、腫瘍の切除とその後の縫合が正確かつ迅速に行うことが可能となっています。そのため、腹腔鏡では難しいとされた部位に存在する腫瘍にも安全に施行可能とされ、その適応範囲は、通常の腹腔鏡下腎部分切除術を凌駕するものとなっています。2016年4月より保険に認められたロボット支援腎部分切除術は,当科でもすでに180例以上の症例に施行し、癌のコントロール、術後経過ともに良好な成績となっています。
治療成績
ロボット支援下腎部分切除術は、手術支援ロボットを用いることで、三次元の立体的な画像をモニターに投影し、腫瘍と臓器の正確な位置関係をとらえながら、より正確かつ繊細な手術を行うことが可能です。従来の腹腔鏡手術では鉗子の可動性の低さが欠点として挙げられますが、ロボット手術は人間の手の関節以上に自由度が高く、腫瘍の精密な切開や、残った腎臓の縫合を正確により早く行うことが可能です。また、腹腔鏡手術と同様に傷口が小さいため、術後の疼痛が軽度で早期の回復が望めます。
合併症
これまでの当科の経験では、術中に明らかな合併症として認めたものはありませんでした。術後合併症としては1例ほど仮性動脈瘤を認めましたが、後出血や尿瘻などはなく良好な治療成績となっています。
ロボット支援腎摘除術について
腎臓に腫瘍を認めた場合、腎臓を全部摘出する腎摘除術と腫瘍とその周囲を摘出する部分切除術があります。ロボット支援腎部分切除術は2016年より本邦で保険適応となって今日の腎部分切除術のスタンダードといえます。また、腎摘除術においては従来開腹および腹腔鏡手術が保険適応になっておりました。しかし、2022年よりロボット支援腎摘除術が保険適応となっており当科でも同年より開始しております。
開腹手術は人間の手により直接処置を行うため、手術の正確さが長所である反面、傷口が大きくなるため術後の回復の遅さが問題となっていました。腹腔鏡手術は傷口が小さくて済み、術後の回復が早いので強みである反面、操作性の低い鉗子を用いるため開腹手術に比べて難易度が高くなる傾向がありました。
ロボット支援手術は3D画像と人間の手を上回る関節自由度を持つ鉗子を備え、腹腔鏡手術と同等の傷口で済むため、開腹手術と腹腔鏡手術の両方の長所を併せ持つ術式と考えられ、今後の腎摘除術の中心になると考えられています。
ロボット支援膀胱全摘術について
肉眼的血尿を主症状として発見されることの多い膀胱癌は、その性質から、表在癌と浸潤癌に大別されます。表在癌の場合、経尿道的内視鏡手術により根治が得られますが、浸潤癌になった場合、転移がないという前提で膀胱全摘除術が標準治療として行われています。これまで本邦での膀胱全摘除術は、開腹手術、小切開手術、腹腔鏡手術が保険で認められていました。開腹手術に比べ、腹腔鏡手術は傷も小さく術後の回復も優れているとされています。しかし、その技術の習得は容易とは言えず、施行施設は限られていました。腹腔鏡手術を施行するにあたっての問題点として、モニター画像を見ながらの手術のため、2次元画像による位置認識の困難さがあり、また、皮膚に固定されたポートから道具を入れて手術を行うという操作性の制限があり習得は容易ではなく、さらに膀胱全摘除後には尿路変更を必要とするため、もともと長時間になる手術時間がさらに長いものになっていました。腹腔鏡手術の弱点をカバーする多関節鉗子と三次元画像を持つロボット(da Vinci Surgical System)は、その手術手技の容易さと視認性のよさのため、膀胱全摘術においても、世界的にロボットの有用性は報告されており、多くの施設で行われております。 日本では、2018年4月の診療報酬改定時に、ロボット支援膀胱全摘術が保険適用となっています。本院においても、2018年8月より開始し、2023年3月末までに69例施行されています。制癌性、術後経過ともに諸家の報告と比較しても良好な成績が得られています。保険適用で同手術を行うには、経験症例数を含むいくつかの条件をクリアし施設認定を受ける必要があり、当院は北陸では数少ない認定施設のひとつとなっています。
治療成績
ロボット手術では、出血の少ない拡大視野での手術が可能となっており、制癌性を保ったまま、より低侵襲(小さい傷)で、術後合併症(後遺症)を軽減した手術が可能とされています。当院の治療成績でも、従来の開腹手術と比較して制癌性は同等の成績であり、そのうえで出血量と術後合併症は有意に少なく、良好な成績が得られています。
合併症
これまでの当科の経験では、術中に明らかな合併症として認めたものはありませんでした。術後合併症としては腸閉塞 20%、下肢コンパートメント症候群1.4%を認めており諸家の報告と同等でした。また、重篤な術後合併症は1例も認めていません。開腹手術に比較して出血量は圧倒的に少なく、輸血を要した症例は18%と従来の1/5程度となっていました。術中は頭低位という下肢を挙上し頭部を下げた特殊な体位を取りますので、通常の手術より心臓や肺にやや負担がかかるため、手術を安全に受けていただけるか、術前に十分な検査をさせていただきます。
ロボット支援腹腔鏡下仙骨膣固定術について
TVM手術は短時間で行うことができ、再発率も低い手術ですが、腟からメッシュを用いるため、術後の性交渉に不都合を来たすことがあります(約10%と言われております)。そのため術後に性交渉を希望される場合には、お腹からメッシュを挿入する「仙骨腟固定術」をお勧めいたします。以前は開腹手術にて行われておりましたが、当院では手術支援ロボットを用いて腹腔鏡下にお腹をほとんど切らずに治療する「ロボット支援腹腔鏡下仙骨腟固定術」を導入しております。子宮上部を切断し、前腟壁と膀胱の間、後腟壁と直腸の間にメッシュを挿入し、仙骨の方向に引き上げて固定する方法です。手術時間は4時間とやや長い術式ですが、術後5-7日で退院が可能です。複数回の腹部手術の既往がある方は腹腔内の癒着の可能性があり手術が難しい可能性があります。
膀胱と前腟壁と直腸と前腟壁の間にメッシュを入れます:水色