男性不妊症
男性不妊症の頻度
不妊症は女性の問題だと思われていたのは過去の話です。1998年の世界保健機関(WHO)の調査によると男性のみの問題である割合が24%、男性および女性に問題がある割合が24%、すなわち48%、約半数に男性の問題が関与していることになります。最近になりようやくこの事実が一般的に認識されるようになってきましたが、男性の受診が遅れていることがまだまだ多いと思われます。治療のタイミングが遅れないように夫婦ともに診察を開始することが望まれます。
男性不妊症とは?
精子の問題
男性不妊症の9割以上が精子の問題が原因であるとされています。精液所見によって精子の数が減っている乏精子症、運動性が悪い精子無力症、精子が全くいない無精子症に分類されます。無精子症とは精液中に精子がいない状態のことであり、精巣内に精子がいないということではありません。無精子症だと診断されてもあきらめないでください。
性機能の問題
性文化の多様化や晩婚化、そして不妊治療自体の心理的負担(排卵日に失敗できないというプレッシャーなど)から性機能の問題も最近では増えつつあります。勃起の問題(ED)、射精の問題に分類されます。
どのような状態?
乏精子症・精子無力症
乏精子症は精液中の精子の数が少ない状態のこと、精子無力症は精液中の精子の運動率が低い状態のことです。明らかな原因としては精索静脈瘤が最多ですが、原因不明が半数以上を占めます。ごくまれに生まれつきほとんど精子が運動していない事もあります。
閉塞性無精子症
精巣で作られた精子が体外に出てくるまでの通路が何らかの原因で閉塞したため無精子症になった状態のことです。精巣内では正常に精子が作られているため、閉塞した部位をバイパスしてつなぎなおす手術や精巣内の精子を直接採取する手術を行います。
非閉塞性無精子症
精巣の精子を作り出す能力が低下したために無精子症となった状態のことです。そのような状態でも精巣の中に精子が存在することがあり、その精巣内精子を手術で直接採取する以外に治療法はありません。合併症の低さと精子採取率の高さから手術用顕微鏡を用いる顕微鏡下精巣精子採取術(microTESE)が世界的にスタンダードです。
勃起不全(ED)
性交を行うのに十分な勃起を維持することができない状態のことです。不妊治療に伴う心理的な負担が原因となっていることが多く見受けられます。バイアグラに代表されるPDE5阻害薬で一定の治療効果が得られます。
膣内射精障害
マスターベーションでは射精することができるにもかかわらず、パートナーとの性交渉の際に膣内で射精することができない状態のことです。EDと同様不妊治療に伴う心理的負担が原因の場合や、マスターベションの方法が適切でないことが原因の場合があります。根本的な治療はカウンセリングやリハビリですが、治療が難しく時間がかかることからマスターベーションで採取した精子をパートナーの膣内もしくは子宮内に注入する方法が多く行われています。
無射精・逆行性射精
射精した感じはあるのに精液が前にとばない状態のことです。膀胱内に逆流してしまう状態は逆行性射精といいます。射精に関わる神経の障害や前立腺の手術によっておきますが過去に手術を受けたことが無い方の場合、糖尿病による神経障害が原因として多くみられます。薬物療法で改善しない場合、精巣内精子採取術(TESE)を考慮します。
原因は?
精索静脈瘤
精巣に流れ込んだ血液を回収するための血管(精巣静脈)の逆流防止機能が破綻してしまったため、血液の逆流が起こり精巣周囲の血管が瘤のように触れる状態のことです。逆流血による精巣温度の上昇、酸化ストレスなどにより精巣機能に影響を及ぼすことがあり、精子の問題の原因として最多です。治療は手術が第一選択となります。特に合併症の低さと有効率の高さから手術用の顕微鏡でみながら行う顕微鏡下精索静脈結紮術が世界的な標準治療です。顕微鏡下手術が行いづらい場合などには腹腔鏡を用いる方法も検討します。
低ゴナドトロピン性性腺機能低下症
頭から分泌されている精子を作るために必要なホルモン(LH, FSH)が低下しているため精巣の機能が低下している状態のことです。無治療であればほとんどの方が無精子症となります。生まれつきのこともあれば脳の腫瘍の影響やその手術自体が原因となることがあります。不足しているホルモンを補充することで高率に精子が作られるようになります。特定疾患に指定されており、申請し認定されれば医療費の助成を受けることができます。
停留精巣
精巣が陰嚢内に存在しない停留精巣と男性不妊症の関連性が知られています。診察時に初めて発見される方はもちろんですが、過去に手術で修復されている方にも影響があります。手術を受けた年齢が1歳を超えている場合に精子を作る機能に影響が出ると言われています。
薬物・放射線による影響
抗がん剤やステロイド剤などによる治療が生殖機能に影響を及ぼすことがあります。薬剤の種類によって影響が一時的であることもあれば、永久的に精子形成が障害されることもあります。放射線も照射する部位や線量によって影響は変わりますが、通常は外陰部病変でない限り精巣には照射しないように工夫されています。
どんな治療がある?
顕微鏡下精索静脈瘤結紮術
精索静脈瘤の治療として第一選択になります。鼠径部(足の付け根あたり)を約1.5-2.0cm程度切って、逆流を起こしている精巣静脈をしばって切断します。静脈の周囲には動脈、リンパ管、精管があり、これらを損傷すると合併症を引き起こすため静脈だけを処理します。これらの構造物は非常に細く肉眼で判別できないため手術用顕微鏡を用います。この手術はその他の治療法(腹腔鏡手術、塞栓術)に比べて合併症が少なく、血管の処理が確実であるため優れていると言えます。
精巣精子採取術(TESE)
conventional TESE:閉塞性無精子症に対して手術用顕微鏡を用いずに行う方法で、数ミリの傷で短時間のうちに済みます。ほぼ100%の確立で精子は回収できます。
micro TESE:非閉塞性無精子症に対して手術用顕微鏡を用いて行う方法で、3センチ程度の傷で1.5時間ほどかかります。精子の回収率は全体で約30-40%ほどです。過去には非閉塞性無精子症に対しても手術用顕微鏡を用いず精巣組織をランダムに大きく精巣組織を採取していた時代もありましたが、顕微鏡を用いるようになり精子回収率は上昇し、合併症の率が減少しました。特にもともと男性ホルモンが低い方の場合には、採取する精巣組織の量や血管損傷に気をつけなくては術後に男性ホルモンの補充を続けていかなくてはいけなくなる可能性があります。そのため現在では非閉塞性無精子症に対してはmicro TESEが世界的に推奨されています。
精管精管吻合術(精管精巣上体吻合術)
閉塞性無精子症に対して行う治療となります。精子の通り道(精管・精巣上体)がつまっている場合に、つまっている場所をバイパスしてつなぎなおします。精管は細いため手術用顕微鏡で見ながら髪の毛よりも細い糸で縫合するため、数時間かかる手術となります。カップルの年齢が若く、自然妊娠が十分に期待できる場合に適応となります。